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死に際して

一昨日、伯母が危篤との連絡を受けた。“仕事優先でいいから”と従兄弟に云われ憂慮していたが、昨日思い切って母親を連れて出発した。久しぶりに雪の冬道を4時間あまり走るとさすがに疲れる。助手席では認知症の母親が“何処に買い物に行くの”と呑気なことを云って車窓を見て喜んでいる。病院近くになって初めて“おばちゃんが死にそうなんだって”と伝えるが“あの人は大げさだから、そんなこと嘘に決まっている”と笑っていた。しかし病室に入るとベットに横たわる伯母を見て状況を察したのか“何にも心配いらないから、安心して逝きなさい”と耳元で呟いている。

従兄弟によると、4日前から一切の処置をしていないとのこと。“連絡した日は苦しがっていたんだけれど、今日は何だか落ち着いている”と驚いていた。実際に私のことも母親のことも分かっているし、小さな声で“ありがとう”と云ってくれた。肺ガンでかなり苦しかったのだろうに“あと5年は生きていたい”と危篤状態になる前に言っていたそうだ。

伯母には障がいのある子がおり、ずっと自分だけで生活を支えてきた。その子どもも既に59歳になり障がいよりも糖尿病や心臓病などが重くなってきている。伯母はこの子どものことが、死を迎えようとしているこの瞬間にも気がかりなのか、ふと目を開けては“子どもは離したらダメだ”と譫言のように呟いていた。

私が出来るのは、まるで棒杭のようにやせ細った足をさすってあげることくらい。5時間ほど病室にいる間に何度か目を見開いて周囲に集まっている親戚を見回しては安心したようにまた眠るということを繰り返していた。

人は自分の死に際して何を思うのであろうか。
伯母は子の先を思い、諦めきれないのだろう。

これからホテルを出て伯母の元に向かう。
“なにも心配いらないからね”と声をかけてあげようと思う。
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プロフィール

どんぐり隊長

Author:どんぐり隊長
知的障がいの方の入所施設に勤めてはや20数年。入所型施設の意義は?あるべき姿は?施設に求められているものはなにか?職員(支援者)の存在価値や倫理は?を常に自問自答しつつ、日々の仕事で感じたことを平易に書き連ねてみたいと思っています。

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