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エビデンス・ベースド・プラクティスですよ

木・金の2日間、サービス管理責任者研修を無事終了した。
演習の中で地域移行を目指す統失の方の個別支援計画を作成するというものがあった。参加していたメンバーの中には精神科のクリニックでSwrをしているとう方がおり、常にグループをリードして進めていたが、時折専門用語を使うのだが“アセスメントは大事なことは分かっている。それはエビデンス・ベースド・プログラムに基づいて..........”と云った具合に。

しかし“EBPのPはプログラムでなくてプラクティスじゃなかったですか”と、出来るだけその方を刺激しないように確認するのだが“いいえ、プログラムでよいのです”と譲らない。協議すべきは個別支援計画の作成にあるため、私もムキになっても仕方がないので“そうでしたっけ?”と言葉を濁したのだが........(※人に伝えるからには、科学的根拠が必要ですよ。それこそEBPです。)

何故か終始ハイテンションなその方の雰囲気にどうも馴染めないまま、その方の思いを纏めるような格好でグループワークを終えて個別支援計画が纏められたのだが、どうしても支援者中心のサービスあてがい計画になっていることに納得がいかず、“支援者のスタンスに立てばこの計画はある程度見通しが立てやすいのでしょうが、果たして当のご本人はこの計画で納得するでしょうかね。何処を見ても本人が頑張ろうとか、これは面白いというポイントが無いようですが......”と云ったところでタイムアウトになってしまった。

“最後に一つだけ加えませんか? ご本人(演習事例)が今一番気になっているのは彼女が出来たことなのだから、ここを何らかの形で計画に入れないとご本人のモチベーションは上がらないと思いますよ”と云うと、他のメンバーも“そこが一番のポイントだよね”と合意する意見が多かった。

結局、その方には私の云ったことの意味がきちんと伝わらなかったようでした。

ご本人が自分の生活や人生を考えるのに、他人の意見や考えだけで作られた支援内容をどう思うのか?失敗があっても多少の寄り道や回り道があっても納得出来るものでなければ、ご本人の生活にはならないと思うのですが、皆さんどう考えられますか?

問題や課題を解決していく過程での色々な出来事や体験がその方の人生としての重みや厚みをつけていくのだと思います。支援者側の理屈は確かに正論かもしれませんが、それが全てでも完全なものでもないと云うことを常に気持ちの何処かにおいて置きたいものです。その上で客観的に実証していくための情報と根拠を実践力のベースとしていきたいものです。

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サービス管理責任者研修 その2

昨日からサービス管理責任者研修を受講している。

 夏には生活介護分野で受講済みのため今回の地域生活は2日間の受講のみでOKなのだ。昨日は午前中の講義と午後の演習。講義は別として午後の演習は前回の生活介護分野に比べてどうもスムーズに行かない感じだった。何故か?と云うと、
 既に参加者の殆どが地域生活の実務を行っており、それぞれの“癖”や“経験”が先に出てくるため、なかなか纏まらないといった感じであった。まぁ良くありがちな状況だったため特に拘らずに時間を見ながら参加者それぞれの発言を聴いていた。大変だったのは、きっと意見を纏める=記録に残す役割になったYさんだったと思う。
 司会が至らないばかりに、大変ご苦労をかけました。Yさん有り難う。残り一日の研修、さて出発しますか。

感激

20年以上 音信不通だった従兄弟が見つかった。

一時は海外に居るとの情報もあり、私自身もこの間数年ごとに転居を繰り返していたため、気にはなりながらもそのままになっていた。もう会うこともないのだろうと思っていたのだが、先日フッと気になり何気なく名前をネット検索してみたところ10年前の彼に関する情報が見つかった。それをたよりに更に探していくと、300㎞ほど離れた町で診療所の所長をしていることが分かった。

近いうちに会いに行こうと思う。

次年度の体制

ちょっと時間が経ちすぎたが、政権交代の影響が障がい者施設の運営にまで影響を及ぼしている。

なんとこの時期に来て、理事者から次年度の新体系移行を憂慮する声が出始めているのだ。現場の混乱をどれだけ考えてくれているのか.............

経営戦略を主眼として考える当法人の理事者(※殆どが企業経営のトップなので)としては、先行きの見えない状況に不安を感じることに理解出来なくもないのが、移行準備を進めてきたこの2年間の現場の実態をどれだけ把握してくれていたのか?

設備改修の必要性、スタッフの不足、業務格差の是正、地域ニーズ・地域移行・高齢者・重度者それぞれへの対応など、現状に対する課題を常に伝えてきたが、そこに触れることなく“次年度の移行は如何なものか”とは..............

久しぶりの虚脱感 

社会福祉法人の有り様が問われるのはこの辺りにも理由があるのではないか。

裁判所の対応の不思議?

一昨日、時間が取れなかったので私の代わりに若手スタッフに成年後見の申立書を貰ってきてくれるように頼んだ。

すると“申し立ての本人と一緒でないと渡せない”と云われたと憮然とした表情で戻ってきた。一体何があったのかを聞いてみると、ようは“難しい内容の制度なので説明を聞いて貰わなければならない”と云うのが裁判所の事務官の理由付けだったらしい。

そんな理由で申立書を渡さないというのはおかしなことなので、昨日都合をつけて自分で裁判所にいったところ“成年後見のビデオはみたことがありますか”と云うので“以前見たことがあります”と答えると“あっそうですか。ではこれです。どうぞ”と必要書類一式を渡してくれた。

裁判所と云うところの性格なのか、それとも受付にいた事務官の人柄なのか、なぜこのようなことになるのか不思議でならない。確かに成年後見の申立となると事前に十分理解した上で進めなければならない事ではあるが、単純に代理人が書類を受け取りに行くと云うことがどれほどの問題があるのか私には理解できない出来事であった。

成年後見制度の活用がなかなか進まない理由はほかにもあるのであろうが、こうした入り口のつまずきが思うよりも多いのではないかと思う。おなじ裁判所でありながら対応も判事の扱いも違うと云うことに何故か釈然としないのだが、取りあえずは当事者さんの不利益を未然に防ぐため、制度の活用をこれから積極的に進めていきたい。

高齢の利用者を支える課題

20数年間入所施設で暮らしてきたTさん。既に70歳を迎え足腰の衰えが顕著になってきている。前に話題になったYさん同様“俺も本当はここは嫌なんだ”と、7年前に私が着任した初日にそっと話してくれた方だ。

今現在は施設から離れトレーニングホームで同年代のメンバー4人と穏やかに暮らしている。大好きなタバコも長年患っている気管支炎や間質性肺炎のために咳き込むばかりになってしまった。

“Tさん、もうタバコ止めたら”と私
“. ....止めない”とTさん

そんな遣り取りを何年も続けてきたのだが、最近急に“今、持ってるの無くなったらもう止める。その代わりに......”と色々な気持ちを伝えてくるようになった。

“うんまい蕎麦、食いに行くべ。帰りに団子買って来るべ”
“来年はドングリと2人で旅行に行くべ”
“エッチな映画見に行くべ”
“ドングリのウチに遊びに行くべ”

何のことはないこんな気持ちをずっと心の底に仕舞い込んでいたのかと思うと、この20数年間という時間の重み(※Tさんにとっては空白に時間に等しい)を感じ、胸を締め付けられる思いがする。出身地の障がい福祉担当者はTさんの地域移行には未だに反対の意向だが、Tさんの暮らしの実態を見ていないし第一直接話ご本人の気持ちを伺ってもいない。同様のケース(知的の高齢者を地域移行する)で難色を示すのはその自治体だけなのだ。まぁ最終的には不服申し立てをするつもりでいる。

実は本題は別で、昨日Tさんの保護者になっている義姉が面会に来られ“保護者を実弟に変えて貰いたい”と云うことであった。詳細にはふれないが、2年前にTさんの保護者であった実兄が亡くなりその後義姉が引き受けてくれていたが、Tさん親族の財産相続の件で他の兄弟との関係で辟易しているということらしい。このままTさんの預貯金の一部管理を続けていると、Tさんが亡くなったときに何を言われるかと思うと耐えられないということらしい。(※実際には亡兄が全てを管理していたため、この義姉はTさんに関することは一切分からなかったとのこと)

Tさんご本人にも保障されるべき相続権や財産権があることを伝え、不動産や遺産などの相続財産は別としても、ご本人の預貯金や年金、労災補償金はご本人の生活費としてお返しするほうが良いとアドバイスをした。ご本人にも面会の後で私からこの話を伝えると“そうか、嫁さんにも迷惑かけたな”と淋しそうに宙を見つめていた。

若い頃、造材の仕事で山には入り重機の下敷きになり障がいを負ったTさん。

残り何年間かの人生を、20数年の空白の時間を取り戻せるように支えていきたいのだが、年齢が上がるにつれて失っていく家族の絆もあるということに、なんとも歯がゆい気持ちになった。



勘違いをしないこと

夏以降、どうも古傷が痛み気力も落ち意味で“これではイカン”と思いつつも、一日が終わるとガックリとしてしまっていた。

そうこうしているうちに なんと11月です。北海道旭川市では既に30cmもの降雪とか..................

最近思うことの一つに 自分をどの位置に置いて 周囲を見ているのか または他の人と関わっているのかを考えてしまう事がある。

特にこの業界、当事者さんよりも自分(支援者と云われる人?)が表に立つことに何の抵抗もない人がたくさんいることにとても違和感を感じている。例えば施設長などと云われる存在。一体何を自分の役割と認識しているのか?

施設を作ることではなく、そこを利用する人が如何に不利益を被ることなくいられるかを底支えしていくことかというものだと思うのだが.................

施設長の資格や条件に拘り、本来の役割を見失っている(としか見受けられない)人がいる。決して批判をしているのではなく私たちの仕事は自分の思いを通すことではない事に気付いて欲しいのだ。

あくまでも代弁者であり、自分の主義主張をあたかも当事者の意見として事に当たるものではないということ。

さぁ 皆さんどう思いますか?


プロフィール

どんぐり隊長

Author:どんぐり隊長
知的障がいの方の入所施設に勤めてはや20数年。入所型施設の意義は?あるべき姿は?施設に求められているものはなにか?職員(支援者)の存在価値や倫理は?を常に自問自答しつつ、日々の仕事で感じたことを平易に書き連ねてみたいと思っています。

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