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人として

ここ数日色々な立場の方とお話をさせていただく機会を得た。多くは現場の職員であるがそれぞれに今、自分が置かれている状況に悩み苦しんでいるのが伝わってくる。

“私がこんな事を云っちゃいけないんでしょうが、あれで許されているのは何故ですか”

彼女は福祉には全く関係のない民間企業を退職し障がい者施設に勤務した人なのだが、回りの職員の行動や言動・支援に際しての態度があまりにも酷すぎると訴える。確かにその話題の中心となっている職員には私も何度となく“この職業には向かない”と直接話したことがある。その時のリアクションは“自分でも分かっているんです。だんだん自分が嫌なヤツになっているんだろうということ。でも今辞めたら代わりの仕事がないし.......”と。“それが分かっているのなら、もう少し自分の気持ちを変えてせめて相手に不快感を与えないようにしたらどうなのか”と話しをしたことがあるのだが、あまり気に留めている様子は窺われない。しかし彼女ははじめからずっと今と同じスタンスで仕事に向かってきていたのだろうか。

別のケースでは、“○○さんは相談支援やコーディネーターとして外ではとても受けが良いんですが、施設のなかでは全く他のスタッフとコミュニケーションが取れないんですよね”と云われている職員がいる。確かに彼は以前“今は入所施設の時代ではない。そんな調子だからいつまでもキャリアアップしていかないんだ”と発言していた。その時も“これまでの社会背景を無視して施設の現況やスタッフを揶揄するのは如何なものか”と伝えたが、その後も彼の目線には自分の所属している施設の利用者や職員は写っていないようだ。

今年も既に2/3が経過し多くの社会福祉関連の研修会に参加したが、自立支援法に絡んだ事業所経営の課題や障がい当事者への給付内容の是非に関するものばかりだったと思う。あわせて必要だと思うのは前記したように“支援者”と呼ばれている“人”に焦点を当てた研究や継続的な研修の在り方。

管理者の立場ではなく入所施設のSwrとして、当事者支援に直接影響する“人として”の有り様を考えてみたい。

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テーマ : 現場職員のぼやき・悩み
ジャンル : 福祉・ボランティア

Nさんの生涯

昨日、4年近く入院していたNさんが68歳で亡くなった。

2.3日状態が思わしくないと聞き、病室へ伺ったときは既に血圧も下がり看護師長からも“難しいですね”と伝えられた。遠く離れて暮らしているご家族の代わりに退所後もずっとNさんの身の回りの世話をしていたK職員は、涙を抑えきれず咽び泣きながらNさんの体を何時間もさすっていた。私もNさんの体に触れながら“もう十分に頑張ったから、あとはゆっくり眠ろうね”と声をかけた。

3日間殆ど不眠でNさんの側についていたK職員を気遣って“お姉ちゃんには本当に世話をかけた。最終のバス時間になるまでは俺がついているから帰って休んでちょうだい”と云う実兄の言葉に甘え、2人で病院を離れた2時間あと、本当に苦しむ様子もなくお兄さんに見守られ静かに逝ったとのことであった。

納棺の前に斎場でNさんの子どもの頃の話を伺った。“預けられた家で辛い思いをすると仕事場にきてすがりつく妹が可哀想でたまらなかった”と云う。“何もしてやれなかったがやっと父母の側に送ってやれる。”と穏やかな口調で話すお兄さんを見ていると、Nさんご本人やお兄さんのこれまでの生き様に無常観(※適切な言葉ではないかもしれません。哲学的にも宗教学的にも)といったものを感じずにはいられない、何とも云いようのないはかなさを感じた。

Nさんの68年の人生のなかでどれだけ安らぎの時間を持てたのか。私はNさんに何が出来たのだろうか。Nさんのご冥福を祈りつつ、これから私自身がしなければならないことを考えてみようと思う。
だからbaby

テーマ : つぶやき
ジャンル : 福祉・ボランティア

緊迫した出来事

一昨日の早朝、トレーニングホームの管理宿直に入っていた職員から携帯に電話があった。

“Aさんがいつもの起床時間になっても部屋から出てこないので様子を見に行ったら、いびきをかいていて全く応答がない”とのこと。彼女のその口調からはかなり緊迫した様子が感じられたのだが、Aさんはもともと高いびきをかく方だったこともあり“もう少し様子を見て”と一端電話を切った。しかし10分後に再び“やはり何度声をかけてもいびきがやまない。体を揺すっても反応もない。とにかく心配なので”と云うのでトレーニングホームに急行した。

57歳になったAさんは確かに前日の行事の際もいつになくおとなしく、大好きなビールも飲んでいる様子がなかったため“ひょっとすると”と思い瞳孔散大の確認と痛覚刺激を与えてみるとそれぞれ反応はあったが、いくら声をかけても覚醒する様子がないためすぐに救急車を要請した。数分後に到着した救急隊員の手際の良さに関心する間もなく、Aさんと発見者の職員は市内の脳外科に搬送されていった。そして数十分後、同行していった職員から“今、覚醒し何事もなかったかのようにしています。Drからは爆睡していたのでしょうと大笑いされました。一応、MRIと心電図の検査をして帰ります。”との電話であった。

ホッとした反面、そういえば担架に乗せられた時、一瞬私の顔をキッと見つめたことを思い出した。“さては、はじめから覚醒していたのでは”と思うと、なんともため息をつきたくなってしまった。それからさらに数時間してトレーニングホームの自室に戻ったAさんは職員には何も云わずに再び入眠し、結局終日食事も摂らずに自室にこもっていたとのこと。

翌日、何事もなかったかのように私の前に現れ、更に何事もなかったかのように“今日は●△□×◎・・・・・でさぁ~”と切り出した。さすがに私も“その前に昨日のことはどうなっているの?自分がどういう状況にあったのか分かっているの?少なくてもたくさんの人に迷惑をかけたと云う大変なことをしたということを気にしていないのか?”と声を荒げてしまった。

Aさんは“俺は何も分からない。気がついたら自分の部屋で寝ていたから”と、何とも言い訳にもならないことを話し出した。“救急車に乗せられる前にはもう自分でしたことが大変なことだと分かっていたでしょ。その前にもう少し考えなきゃ。少なくても一番心配をかけたMさんにはしっかりと誤らなくちゃいけないでしょ。それに、Aさんがそうやっている間に本当に救急の人がいたら・・・・・”と散々説教をしてしまった。すっかり肩を落としたAさんはその後何も話すことなく私の前から去っていった。

出来事から2日目の今日、トレーニングホームにいった職員のMさんに、いつもは高飛車なAさんが“昨日は本当にごめんなさい”と平謝りしたらしい。今回の事はAさんの心の中に大きな教訓となっただろうし、また支援する側にも中高齢者の健康管理や緊急時の対応手段について確認することが出来たと思う。

地域生活するうえで必要な支援 日々の生活から何を感じ取るか?
一度、スタッフ全員で確認作業をしなければならないと思う出来事であった。

テーマ : 障害者の自立
ジャンル : 福祉・ボランティア

プロフィール

どんぐり隊長

Author:どんぐり隊長
知的障がいの方の入所施設に勤めてはや20数年。入所型施設の意義は?あるべき姿は?施設に求められているものはなにか?職員(支援者)の存在価値や倫理は?を常に自問自答しつつ、日々の仕事で感じたことを平易に書き連ねてみたいと思っています。

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