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「生活を支える」という原点への回帰を

『ケアマネジャー』7月号(中央法規出版)に大阪市立大大学院教授の白澤政和先生が発表された 「ケアマネジャーの存在意義と今後のあり方」にとても共感するところがあった。それは「生活を支える」原点に回帰することを訴えているものであり、支援者としては是非一読願いたいので引用させて頂く。

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 「生活を支える」という原点への回帰を!

 これこそがケアマネジャーの仕事だと、その神髄を感じたことがある。平成16年10月23日午後5時56分に襲った新潟県中越大震災でのケアマネジャーの利用者への対応である。

 多くのケアマネジャーは自らも被害に遭い、ライフラインが閉ざされていたにもかかわらず、翌日の日曜日にはほぼ全員の利用者の安否を確認し、必要に応じケアプランの変更までもしていたことが現地調査から分かった。理論的には、生活状態に激しい変化が生じたわけであるからモニタリングが不可欠な状況であり、上記のような結果を願って現地入りしたが、見事にそれが成就されていたことに感激したのを今も鮮明に覚えている。

 これが意味するのは、ケアマネジャーは公的サービスに結びつけるだけの仕事をしているのではなく、まさに利用者の「生活」を守るキーパーソンであることを明らかにしたものである。さらに、ケアマネジャー自身が利用者宅や避難所を回るだけでなく、民生委員、ヘルパー、家族からの連絡によりほぼ1日で安否確認ができたことは、日頃から個々の利用者のネットワークを確立しており、緊急時にそれが機能したことを意味している。

 ケアマネジャーという仕事は、健康を取り戻せない人々が増えてくるなかで生まれてきた。たとえ治らなくとも、利用者が生き生きと在宅生活を過ごせるよう支援していく使命をケアマネジャーはもっている。そうした意味では、中越大震災での活躍を含めセーフティーネットを支えるものとして、その存在意義は極めて大きいものがある。

「おもしろくない」原因は

 ところが介護保険制度改正以降、「仕事がおもしろくなくなった」と言うケアマネジャーが多い。実際に、ケアマネジャーから元職に戻る傾向も強い。ケアマネジャーがおもしろくないと思って仕事をしているのであれば、そのケアマネジャーを介してサービスを利用している高齢者やそのご家族にご迷惑をかけることにはならないかと案じる。

 「おもしろくなくなった」主たる原因は、利用者の足に靴を合わす仕事から、靴に足を合わす仕事に戻ってしまったからではないかと考えている。口酸っぱくなるまで言っていることだが、ケアマネジメントは利用者のニーズに合わせて介護保険サービスやその他の社会資源を結びつける、利用者の足に靴を合わせる仕事であるということである。
 
 現状のケアマネジメントは、利用者のニーズを満たすことでQOL(生活の質)を高めるという本来の目的のほか、財源抑制という狙いを担わされてしまっている側面がある。特に介護予防においては、介護保険財源抑制のあおりを食って、あるいは財源抑制の使者としてケアプランを作成することから、既存のサービスに利用者をあてがう──靴に足を合わす──ことが起こっているのでないかと分析する。そのため、サービス量を減らした際に、利用者にその理由を尋ねられても、適切に答えられないのではないかと案じる。こうしたことにより、ケアマネジャーと利用者との間で築かれた信頼関係が崩れていっているのではないだろうか。利用者にはケアマネジャーが国や保険者からの回し者と映ってしまうかもしれない。こうした事態に遭遇するなか、ケアマネジャーの仕事がおもしろくなくなっていると考えるがいかがであろうか?

ケアマネジメントの原点に戻ろう

 この「おもしろくない」状態を打破していくためには、再度、足に靴を合わすというケアマネジメントの原点に戻ることが大切である。同時に、予防という美名のもとで、利用者のサービスのメニューや量を減らすのではなく、予防という視点で利用者の能力や意欲といったセルフケアを可能な限り活用していくことを含めて、必要なサービスを提供していくことが求められている。

 これはケアマネジメントの基本である、利用者のニーズに合わせた支援をすることであり(ニーズ・オリエンテッド・アプローチ)、既存のサービスに合わせて支援することではない(サービス・オリエンテッド・アプローチ)ことを、再度確認することである。その上で、例えば、要支援での週1~2回の訪問介護サービスでは、セルフケアを活用しても、なおかつ利用者のニーズを満たし得ないとすれば、ケアマネジャーが組織として国や地方自治体等に働きかけ、制度自体の改正を迫っていく必要がある。

 ただし、予防ということは大変難しいことであり、利用者の意識を変えたり意欲を高めるには、時間をかけて作り上げる信頼関係が不可欠である。同時に、人々の意識や意欲の根底にある価値観を変えることまでは、ケアマネジャーの仕事ではない。すべての利用者の意欲が高くなったり、意識が変わるわけではないという自覚も大切である。しかし、利用者の意欲や意識は変わる可能性があり、そうした機会をできる限り提供していこうとする姿勢が大事である。

 来年は介護報酬が改正される。居宅介護支援事業者が最も赤字比率が高いという調査結果が出ている。ケアマネジャーの介護報酬を大幅に上げることで、ケアマネジャーの職場での自立性を高め、専門性を一層向上させる礎を築くことが当面の課題である。

 一方で、本当にケアマネジャーの仕事は利用者一人に対し1カ月を単位とする報酬で行うものでよいのかと自問している。介護報酬といった、いわば時間を切り売りする──語弊はあるが安っぽい仕事ではなく、個々の利用者がいかに生きていくかを支えるという、極めて厳粛で、利用者によっては昼夜を問わず時間と手間のかかる重たい仕事である。その意味では、ケアマネジャーが安定した給与を保障されるなかで、この厳かな仕事を遂行できるようになることを望む。かなわぬ夢であろうか。

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以上なのだが
知的障がい者(特に入所型施設)の生活支援に携わっている方はこれを読んでどう思うのだろうか。
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やっぱり自由はない?

施設を出た5人のメンバー その2

5人のメンバーが施設を出て約2ヶ月が経った。そろそろ本来の姿や欲求を見せてくれる時期だろうと思っていたところ、予測どおりのトラブルや想定外の出来事が見えてきた。

まずはじめは予想どおりの人間関係のトラブル。
以前このブログにも登場したAさんが他のメンバーに高圧的な態度を取ったり命令口調で自分の思いを唐突にはき出しているとのこと。“とにかく他の人に命令口調で困る。やっぱりトラブルメーカーのままだ”と私に伝えてきたのは彼を20年近くも入所施設で担当していたスタッフ。“で、どうするの?”と聞いてみると“必ず問題になると思っていましたよ。GHやCHでの生活は無理じゃないですか。他の人が可哀想です”と短絡的な答えが返ってきた。そのスタッフは単純にAさんが問題を起こすと云うこと自体を避けているだけで、自分自身の役割やAさんにどういったアプローチ(援助技術として)をすればよいのかといった支援者としての視点が全く欠如していることに気がついていない。

当事者さんの問題は当然起こりうることであって、それをどのように解決に向けていくかは私たちの責任といえるのだが........こうした職員は必ずと云って良いほど“役割分担をきちんとやっていません”とか“整理整頓ができていない”さらには“○さんは朝早くから頑張っているのに、△さんは起きてくるのがやっとで困る”など、完璧に近い生活をイメージしている事が多い。

“ンじゃ、あんたはそれをどうしたわけ?”と聞き返してみると、“一応、注意してきました”と云った返事が返ってくるのである。更に別のパターンでは“風呂掃除が出来ていない”“トイレ掃除が汚い”“順序が違う”など、“一体、あんたは何が出来れば(出来なければ)地域生活が(は)可能(不可能)と考えているの?”と云うような事まで言い出してくるのである。そうしたスタッフが決まって言い出すのは“チェック表を作る”ということ。ここまでくるともうかなり重症と思うのは私が支援者として技量が足りないのであろうか。(と、敢えて云っておきますが)

地域生活に向けて彼らが施設を出たとき、私が支援スタッフに釘を刺しておいたのは“まずはゆっくりと自分たちでやり出す様子を見守るように”ということ。20年以上一切が施設のなかで管理されていた彼らの生活を取り戻すには、それと同等の時間をかける必要がある筈ではないだろうか。

週末を迎える前に“最近どうなの?、なんかみんなから文句出てるみたいだけど”と私がAさんに話すと“知らんじゃ”と自嘲気味に笑いながら“本当はもっと自由にしたいんだけどここじゃ無理だ。やっぱり向こう(施設)の方がまだ良いな”と独り言のように語っていた。“まぁ、何でも自分の思い通りには行かないのが当たり前じゃないの?それに慣れる為の時間も必要だと思うよ。まぁゆっくりやろうや”と伝えると“これ以上奴らに合わせてゆっくりしていたら爺さんになっちゃうじゃ”と.......

“Aさんの地域生活はGHやCHといった共同生活がゴールではないことも考えて行かなければならないのじゃないか?”と先のスタッフに話したが、その事の真意を彼が理解出来たかどうか?

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行事について

日曜日、施設行事の運動会が無事に終わった。
児童施設と成人施設合同で30年以上続けられてきた入所施設ならではの“定番”行事のひとつだが、こうした企画もそろそろ考え直しても良いのではないかと思う。その一つが成人施設の利用者さんの高齢化。ここ数年の傾向だが運動会後の疲れの影響が大きい。

娯楽の機会が少なかった頃、地域行事であったり保護者との繋がりを確かめる機会として重要だったことは理解できるのだが、長年勤めている職員によると観客席の関係者も全盛期の3割程度ではないかと云う。

見せるための運動会として1週間近くも入場行進や整列の練習、総練習などもした時期もあったらしい。なかには“ある意味、その時間はグループワークの一つなんです”ともっともらしいことを云うスタッフもいるが、もっと当事者の現実を把握し当事者が“楽しむ”ための行事に変えていってはどうなのだろうか。

(準備のために公休や勤務外で一生懸命に労してくれた職員とボランティアに感謝。有り難う。)

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縁を繋ぐのはお金なのか?

“ちょっと本人に説明してくれないか”と施設長からの依頼。
話の内容は、Mさんのご兄弟が来園され所持金を貸して欲しいと頼まれたらしい。
それもかなりの高額であった。
“それは筋道が違うんじゃないですか?施設長に話す前になぜご本人に頼まないんですか?Mさんはそのことを本当に理解して納得してくれると思いますか?それ以前にご本人の生活の為にある所持金を、理由はともあれ無権代理行為で施設長が貸し出しを承諾して良いんですか?あとで問題になったときに誰が責任を取るんですか?それはれっきとした人権侵害、搾取行為ですよ!私は当事者さんの権利を守るべき立場としてそれには断固応じません!私自身が納得できません!..........と泡沫を飛ばしながら施設長に散々くってかかった。“やっぱりお前はうんとは言わないよな”と云いつつも“実はご兄弟の病院代が無いらしくて、ガンの手術でかなり掛かるらしい”などと、それはそうでしょうがと云う理由を延々と話された。とりあえず私自身は快諾できないことを伝え、ますはご本人がそのことをどう思うかを確認することにして退席した。そして翌日Mさんご本人にそのことを伝えた。ご兄弟がお金を貸して欲しいと云っているがと伝えると“あぁ、いいよ”と何とも軽い返事。そこで“金額はMさんの買い物が1,000回、もしかすると10年分の買い物が出来るぐらいなんだけど”などとありとあらゆる手段でご本人に分かってもらえるように伝えると“うぅ~ん分からん。ドングリのいいようにして”との返事。この時分かったのはMさんご自身は日常の生活で簡単な買い物などは難なくこなしているが、数千円以上になると理解できていないということ。自分がいくら貯蓄しているのかその金額に実感がないということ。(※一度全額おろしてゲンナマを直接見せるかとも思った)そして今の生活を十分に楽しんでいる楽天的な性格もあって自分の不利益ということを全く気にしていないということ。(一番の問題の核心がここにあるように思う)結果的にはご兄弟が電話で頼みこんで了解してもらったということで結末を迎えてしまった。
 この件で考えたことは、例え最終的に貸借と云う形式的な扱いになるとしても、その判断を法の根拠に基づいて行うべきで、それを施設が勝手に仲介してはならず、成年後見制度を利用してご本人の権利を保護すべきではないのかということを一度組織としてしっかりと確認する必要があるのではないかということ。“今回のことを教訓に利用者の権利を守るために成年後見の申し立てを順にしていきます。少なくとも本人申し立ての意思が確認できる方は早急に取りかかります”と管理者に伝えたところ“金の切れ目が縁の切れ目になるのでは、そこまでしなくても”という説得力のない返事が返ってきた。

“そんなことで切れる縁なら別に切れてしまってもなんにも困らないんじゃないですか”と興奮気味に云ってしまったあと、私自身も当事者の意向を無視した発言をしていることに気づき赤面してしまった。反省....

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支援者の資格

“確かに俺たちが悪いんだけど それは分かって居るんだけど、 だけどあんな言い方は無いと思うんだ”........突然事務所で仕事をしていた私の後ろから普段は無口なAさんが興奮した面持ちで切り出した。

彼はその数日前にGHで同居しているYさんと派手な喧嘩になったらしい。理由は些細なことだが男4人の生活では、時に爆発することもあるようだ。幸い怪我もなく済んだのがが、それに介入した職員が問題となった。

その職員曰く“お前たちがトラブルを起こしたのだからお互いにもっと反省しろ”といったらしい。“だから俺たちが悪かったんだ”と何度も話したらしいが、そのスタッフは“反省の態度が見えない。おれは知らない。旅行も連れて行けない”と、なんとも子供じみた言葉を放つだけだったと。

AさんもYさんも、交互に私のところにヘルプを求めに来て、“あんな態度はないよ。反省しろってどういう態度なら良いっていうんだ”と。

3丁目食堂の事件とは異質ではあるが、こうしたスタッフがなんの教育もされず、なんのペナルティも受けずに地域生活を支援するスタッフとして君臨しているといった事実にどう立ち向かうか。

私が彼らに伝えたのは“直接その本人に立ち向かってみるのもいいんじゃないか。負けることはない、いや我慢をしている理由は何もない”ということだった。

その後、彼らを中心に地域生活者の動きが少しずつ変わってきている。直接訴え始めているようなのだ。“私たちが我慢するのはおかしい”“私たちのNOを貴方たちは聞くべきでしょ”と。

エンパワーされていく彼らのこれからの行動を支えていくことが、とても楽しみである。

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プロフィール

どんぐり隊長

Author:どんぐり隊長
知的障がいの方の入所施設に勤めてはや20数年。入所型施設の意義は?あるべき姿は?施設に求められているものはなにか?職員(支援者)の存在価値や倫理は?を常に自問自答しつつ、日々の仕事で感じたことを平易に書き連ねてみたいと思っています。

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