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人間力

被災された多くの方々の心を思うと、
自分の日常を本当に大切に生きなければならないと思う。

少し前に聞いた話だが、都市部のある“不良グループ”が解散宣言をしたという。
“こんな事をしている場合じゃない”と、
そのチームの目立たない使いっ走りのメンバーの一言が全員の心に響いたという。
その後彼らは、現地でボランティアをしたり義援金を募ったりした訳ではない。
しかし、自分たちの暮らし方や人生を本当に考える切っ掛けを掴んだのだと思う。

70歳を過ぎて率先して現地に入り、
被災した障がい者施設の応援をしてきた方もいる。
その後“あの現実を直視せずに、今こうしてのうのうと生きているお前たちには人の心があるのか”と語っている。全ての人がおなじ悲しみを味わうべきだというような、この人の語り口には共感できないが、“今の自分に何が出来るか”を、今一度考え、深呼吸して、まわりの人と語り合ってみることが必要と思う。

直接支援だけに拘らずにやれることはたくさんあると思う。
震災復興や被災者支援はまだまだ長く続くのだから.......
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手に負えないのか

大震災の次に現れたのは、アンゴルモアの大王なのか?

もともと人間には限界があるということ。
いたずらに都合の良い理屈だけで真実を隠してきたツケなのか。
こんな状況になっても、更にその煽りを受けて窮屈な生活を強いられる人が大勢いる。

被災地に出向き“頑張ってください”と首相が云ったという。それもニコニコの笑顔で。
頑張ったら何がどうなるのか?頑張れって何だ!

自分の言っていることが、相手の心にどう響いているのか 考えているのか?
「僕は原子力にはそうとう詳しいんだ」と云ったらしい。
その人がわざわざ現地を視察した、その時間が命取りになったとも云われている。
なのに、あの笑顔は何だろう。なんの自身の表れなのだろう。

津波で亡くなったたくさんの子どもたち、苦しかったろうに.......
原発で非難を余儀なくされている人たち、さぞ無念だろうに.......

力を集めよう 

東日本大震災

日に日に被災者数が増していく。
1万人単位の自然災害など誰が想定できただろうか。
津波が町を襲う映像を見て嗚咽した。

多くの人の悲しみが伝わってくる。
今の私に何が出来るだろうか。

阪神淡路大震災の時も同じ気持ちになったが、
今回はあまりにも範囲が広い。
更に原子力発電所と云う眠っていた時限爆弾を
マグニチュード9以上という大きな力で揺さぶり起こしてしまった。

今は状況を見守る事しかできないが、
自分たちがこれから直ぐにでも出来ることを考えよう。
支援が必要になれば、すぐに行動できるよう準備をしようと思う。

被災地の方々の気持ちを これからの生活を
私たちがこれから出来ることを..........

追悼 叔父の死

Mさんが亡くなった翌週に叔父が亡くなった。

昨年末には伯母が亡くなり、Mさん、叔父と身近な人を3人亡くした。
私自身が人生の折り返し地点をとうに過ぎていることを改めて感じる。
叔父は私にとっては実の父以上に人生の師匠であった。
自然を愛し、生まれ育った郷土を愛し、家族を愛し、隣人を愛した人であった。
有能なハンターでもあった。

先週、Mさんの葬儀が終わって直ぐにふっと叔父の顔を思いだした。
月曜に電話をしたところ、体調不良で入院するとのことだった。
金曜日に何となく気になり叔父が入院していると云う病院へ行くと、既に亡くなり自宅に戻っていると云われた。
愕然となったと同時に、なぜ自分が急に叔父のところへ行ったのかを考えた。
間違いなく叔父が私をよんだのだろう。私が自宅を出たその同時刻に叔父は息を引き取ったと云う。
“偶然が重なったとは思えない。あなたに会いたかったのでしょうね”と、従姉妹が感慨深げに遺影を見上げていた。

叔父の笑顔と私を呼ぶ声はきっと忘れることはないと思う。

追悼 Mさん

容態が悪かったMさんが亡くなった。

前日に見舞い顔や手を清拭した。幾分気持ちが良かったのか優しい表情になったところを見て、自分自身がMさんの死が近いことを納得したかったのだろう。翌日の深夜に携帯に連絡があり直ぐに病室に向かった時には、まだMさんの温もりがあった。“やっとゆっくりできるね”と声をかけ体をさすった。まだ健康だった頃のMさんの寝顔だった。

遠方に居られるご家族に連絡をとり、高齢のご両親の依頼を受けて当地で家族葬を行うことにした。お父様は“小さな頃、自分がMを連れて施設に預けにいった。Mはおいていかれるのが分かったのか、私のバックを掴んで離さなかった。本当に不憫だった。私もとても辛かった。年に何度かの面会で腹一杯食べさせてやるくらいしかできなかった”と、これまでのMさんとの思い出を話してくれた。お母様は長旅の疲れも重なり座っているのがやっとの様であったが、お父様の話に時折大きく頷いては目頭を押さえていた。

90歳近い年齢のご両親が地元に帰られる際、“本当にお世話になりました。どんぐりさんも体に気をつけて”と気遣いしてくれた。小さかったご両親の背中がさらに一回りも二回りも小さく見えた。

人は必ずいつか死を迎える。逃れられないものだがそれまでにたくさんの人生がある。Mさんの60数年の人生の意味は何だったのか。ご本人にとって、ご家族にとって、私たちにとって.......

もし生まれ変わる事があるならきっと.......と考えてしまう
Mさんのご冥福を祈ります















プロフィール

どんぐり隊長

Author:どんぐり隊長
知的障がいの方の入所施設に勤めてはや20数年。入所型施設の意義は?あるべき姿は?施設に求められているものはなにか?職員(支援者)の存在価値や倫理は?を常に自問自答しつつ、日々の仕事で感じたことを平易に書き連ねてみたいと思っています。

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